空中浮遊。

 昔から休憩時間が苦手だ。さらにその時間が長ければ長いほど。たった5分でも嫌だが20分よりはずっとましだ。誰からも連絡のないことが分かりきっているスマホを取り出して時代の最先端を走っているふりをしながらSNSをチェックしていく。また芸能人が1人不倫現場を撮られて大変らしい。どんまい。
 小学校の頃、休み時間といえば友達と外でドッチボールをしたりサッカーをしたり、教室で掃除道具野球をやったりした。授業の間の10分休みは当時はまっていた遊戯王デュエルマスターズコロコロコミックの話でもちきりだった。今思い出そうとしても具体的にはその様子を思い返せないが多分そんな感じだ。意味もなく友達と教室を走り回ったりもした。そのまま廊下に出て端までふざけて走り抜ける。”廊下は走らない!”という張り紙があった事も思い出してきた。そういえばあの張り紙を書いたのは学級委員だったぼくだ。
 中学生になると話の内容はもっぱら恋愛のことばかりになった。人はなぜか中学生になると恋について考え始めるようにDNAでコードされているらしい。A組の田中とC組の櫻井さんが付き合い始めたらしいぞ、うちのクラスの吉田はD組の伊達ちゃんに告白しようとしたが町田(うちのクラスの女子リーダー)がその前に言いふらしたせいで伊達ちゃんに逃げられているらしい。確かにそんな事されちゃ付き合えるわけない。町田は何でそんなことしたんだ。普段、吉田といくら仲がいいからってそんな事しちゃ…あ…そういう事か。普段はバレー部でキャプテンを務めカマキリを平気で手で掴むような男気溢れる町田ですらそうなのだから、中学生はやはり恋をしないといけないらしい。
 人間、はい休み時間ですよといきなり言われても特にする事がない。家ならともかく、そうでない場所で気の抜けたふにゃふにゃの僕を周りに見せびらかす訳にもいかない。意味もなくふ〜と息を長く吐いてみるが別にどうってことはない。椅子にもたれかかって背中を伸ばしてみる。体がふわりと、まるで空中浮遊したように時間が止まる。僕の心が重力から解放され、体から浮いて出て行ってしまいそうで怖くなってやめる。でも、これはなんだか休憩っぽくていい感じだ。20分も休みがあるならトイレにも行く。もちろん、みんなが同じことを考えているので混む。用をたすために並ぶのもなんだかバカバカしくなって戻るまでがいつもの流れだ。こんな時にタバコの1つでも吸う習慣があれば何も考えずに喫煙所に行くんだろうな。休憩時間に何をしようなんて悩むことはない。そうか、タバコは時間を消費するためのツールなのか。喫煙所に行って、タバコに火をつけて1、2本の煙を燻らせて帰る。よく考えてみれば休憩時間にこれ以上ぴったりな暇つぶしもないのかもしれないな。そんな事を考えながら無意識に動いた右手はポケットからスマホを取り出していた。
 僕たちの世代は高校生ごろから、先見の明があった人たちは中学生の終わり頃からスマホを使い始めていた記憶がある。僕が初めてスマホを持ったのは高校一年生のことだった。スマホが世の中に普及し始めてから休憩時間の過ごし方は大きく変わった。それまでは文庫や新書を休憩のために持ち歩いていたり、任天堂から出ている携帯ゲーム機(DSとか)を持ち寄ったりしていた。でもスマホにはそれ自体にゲーム機としての機能も備わってしまっている。人は自分の視線がスマホ以外に向いていると不安になるのかと思ってしまうくらい、電車や待ち合わせ場所、そして休憩時間にスマホをじっと見つめている。もし人間の目から見えないビームみたいなものが出ているなら世界中でスマホの真ん中に穴が空いて大変なことになってしまうだろう。僕も今、こうしてスマホを見つめている。ビームは出ていないらしくスマホに穴が空きそうな気配はない。 
 休憩時間は何をしてもいい。何をしても。休憩時間なのだから。でも何をしたらいいか分からない。小学生の頃から変わらず、友達とダラダラ話して過ぎて行く休憩時間たち。時計の針は13時55分を指していた。もうすぐ休憩も終わりみたいだ。